7(裏)

 ――おい! これ以上ぼくの家族を悲しませたら容赦しないぞ!
 あの子の声が、耳元に反響する。あの声。まっすぐで痛切な言葉。ぜんぜん届かない言葉。ぜんぜん届かない思い。反響する。あのときのハリの顔。きっと似た境遇は、ハリでなくとも、ハヤテみたいなおばかでなければ、踏みしめてきたことがあるはずだ。
 でも、めぐみは、ちょっと恵まれている。トウヤは聞いてくれる。ハリや、ハヤテの、聞こえない声も、ちゃんと聞こうとしてくれる。だけど、だからこそめんどうなこともあって、それが例えば、今みたいなとき。聞こえない声を聞いているから、こっちだって言わなくても分かると、そう思っている時がある。ぜんぶ伝わってると。都合よく、ぜんぶ聞き取ってもらっていると、そんな風に思っている。
 そういうとき、ハリは困る。特に困る。なぜなら、とっても真面目だから。できるわけもない以心伝心ができないことに、言わない人への怒りじゃなくて、分からない自分へのもどかしさを覚えるから。……ぽんとボールから外に出されたハリの困惑のだんまりが、こんなときなのにおもしろい。金髪の子もだんまりで困ってる。最後にぽんと財布まで預けると、何か買っておいで、と、それだけ言って、トウヤは二人から視線を外した。
 一拍の後、金髪の子は頷いて返事をして、リナちゃんの首紐を引っ張って歩いていく。ハリはじっと見て、トウヤをじっと見て、トウヤはあえてハリと目を合わせないみたいで、合わせたくないみたいで。ハリはうっすらため息をついて。人間には聞こえないため息。
「テラ。何かあったら頼む」
「はあい」
 構ってもらえなくてつまらなくなったのか、眠たげな声でテラが返事をする。ハヤテも、めぐみもいるから大丈夫だよ。伝えると、ハリは小さく頷いて、背中を向けて、小さな人影をすたすた追いかけていった。
 ボールの中と外のポケモンが会話できる変な機械は、距離が遠すぎると声が届かないみたいに、だんだんと聞こえなくなる。聞こえなくなると、ハヤテが大きくため息をついた。またため息だ。笑ってしまう。でも、こんなに落ち込むハヤテは、いままで見たこともないしあんまり想像もつかなかった。
 だんまりのハヤテ。いっつもうるさいのに。へんなの。テラも静かになって、寝ようとしているみたい。めぐみも目を閉じる。まっくら。外の光がゆっくり動いて、トウヤがテーブルに顔を伏せた。静か。喧騒は小波の子守歌。
 想像を、馳せて。
 あの子は、何を思ったろう。金髪の子。一旦離れて、気持ちを落ち着かせる時間ができてよかったって、安堵。置いてきて安堵を覚える自分へ、少しの失意と。少しの怒り。それでも笑顔でいなきゃ、なんて考えて。――そんな風にさせたかったんじゃなくて、ただただ距離を置きたくて、自分が静かになりたくて、無理矢理突っ放して、そんな身勝手な自分への嫌悪感に、伏せたまま、震える息を吐くトウヤ。
 ハリ。きっとハリは、ハヤテみたいにまだ黙ってる。黙ってあの子の後を追ってる。立ち止まりそうになったり、よし、ってひとりでに拳を握ったりするあの子の後ろで、トウヤがあなたまで遠ざけた意味に、薄々気づき始めている。……そんなとき、リナちゃんに、こんなことを聞かれるの。『好きってどういう意味?』、なんて。
 ふふ。
 ……なんで笑ってるのさ、ハヤテに聞かれたって、どうしようもない。不機嫌そうなハヤテ。むにゃ、と寝ぼけた声のテラ。戻ってくるはずの足音にひたすら耳をそばだてて、眠ったような格好で、ずっと怯えているトウヤ。ハリ。リナちゃん。金髪の子。
 ふふふ。
 いろんな思いに、みんな、ぐるぐる振り回されて。
 どうして、こんなに、愛しいのだろう。







 
 
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