2(裏)

 ハロー、こんにちは、コンバンハ! これはボクのお話です。ボクとクールでチャーミングなご主人様の、とーってもラブいお話なのです。
 ボクはリグレー、ブレインポケモン。若干三歳のピチピチガール。砂漠の彼方からご主人様求めてやってきた、とってもナイスなエスパータイプだ。そしてこの、今まさにボクをホールドしてうううと唸っているこのヒトこそ、ボクのご主人様なのである。彼はニンゲン、ホモサピエンス、識別名は『ワカミヤ トウヤ』。ボクはご主人様と呼んでいるから、キミたちは何か別の呼び名で呼びたまえ。
 ボクとご主人様がいかにしてこのようなラブい関係になったかと聞かれれば時は三年前に遡るのだけど、これは運命的かつ切なく哀しいハートフルストーリーなので、今はひとまずやめにしておく。なぜならボクたちは今こうして、公衆の面前で大胆に抱き合って――正確にはご主人様がちいさなボクを抱え込んでうずくまって、再会の喜びを噛みしめているからなのである。大胆なご主人様だなァ、もうっ! ちなみにこの低い獣じみた「ううう」という唸り声は、ヒト語で「愛してるよハニー」という意味と取れる。超高度な知的生命体のボクであるからして読みとれる言葉だ。照れちゃうよね、勢い余って激突しちゃったのがそんなに嬉しいらしいんだから。
 ついでに紹介しておこう、そしてこの――ボクはご主人様の胸の下からぐりぐりと這い出る――この、無駄にでかくて、声もでかくて、例えようもなくじょりじょりとした顎を持つこの生き物こそが、ボクの『育ての親』とも言えるニンゲンで、識別名は『グレン』と言う(彼は非常に自己に頓着のないヒトなので自己に関する情報を持たない、それゆえにボクもそれ以上の事はよく知らない)。グレンは非常に複雑かつ微妙繊細で涙腺崩壊必至な理由でボクを育てることができなかったご主人様に代わってボクを育てたイイ奴だ。これでいてなかなか立派なニンゲンなのである。
 何か長い台詞を吐いているグレンをひとまず無視して(無視してると知れると可哀想なのでコクコク頷いて聞くフリはしておく)、それ『念力』ッ――ふうっと浮き上がると、くるりとターン、ボクとの再会の感動のあまりまだうずくまっているご主人様の肩にすとんと着地。ここはボクの定位置だ。三年前からそうだった。ああ、定位置だなぁ安定感が半端ではないのだ。うう、懐かしいなぁ――首に回したボクの手にご主人様の手がぺたぺた触れると、もう嬉しすぎて涙が出てくる。ボクたちはとうとう再会したのだ。こうして、長く辛い試練の時を乗り越えて!
「――久しぶりだねぇ、リグレー」
 再会の余韻に浸る間もなく、どこからか届いてくる間抜けな声。これはモンスターボールに入れられているポケモンからの通信音だ。ボクたちボールに捕らえれているポケモンには、何かボクの高尚な知能を以てしても理解しえない煩雑怪奇なマスィーンがくっついていて、それで音声通信ができるのだという。長くボールに入れられていた今までの期間も、同じような顔の見えない同胞とこうして、無駄話に花を咲かせたものであった。
「やあやあ久しぶり! ところで誰だっけキミ」
「もーおれだよーハヤテだよ」
「うーんハヤテ?」
「……覚えていないのか」
 別の声。あーっ、この声はボクのメモリに残っているぞ!
「ハリだぁー! 懐かしい、ひっさしぶりぃ!」
「ああ。久しぶりだ」
「ハリのことは覚えてるのにおれのこと……」
「誰だっけキミ」
 まあ三年も経てばボクの有能メモリも徐々に壊れてしまうさ、仕方ない。重要な情報でないなら特に。
 ああっ三年も経っちゃったんだね、会えない時間が愛育てるとはよく言ったものだけれども! ボクと会おうとも会えなかったご主人様の心境を思うと辛すぎる。三年も待たされたんだよ、ボクたちは? 三年間、どこで何をしてた? ボクもキミも、お互いのソレを知り得ない訳だ。つらいつらい、それってそんなのって神様的にアリなの!? ああん辛すぎるよ切なすぎるうぅ――切なさの余り体中に力が入るとご主人様がぎこぎこと動いた。
「おい、あまり首を絞めるな」いつも冷淡なハリの声。
「ふえ? くび?」
「……両手を上げろ」
「はあい!」
 ハリのことは昔からけっこう好きなので、指示通りぱっ、と両手を上げる。ついでにぴこぴこ信号を飛ばす。おうい、どこかの星のどこかにおわすボクのお父さまお母さま、ボクはとぉっても幸せでーす!
 その瞬間、グレンの口から飛び出した、「そいつをお前に返そう」発言――つまり、ボクを、ご主人様の元に返すってこと!?
「はああああほんとおおおおおおお」
「叫んでるねぇ、リグレー」「……」「叫んでる……」
「ついにこの時がああああああうわあああああああ」
 グルグル腕を振り回してバランスを崩しかけると、ご主人様の両手がボクの足をきゅっと支えてくれて、ああもうそれが愛しくて愛しくて! 何かご主人様とグレンとがブツブツ言い合ってるのはよしとして、「リグレー自身の意志としても、トウヤの所に居たいみたいだし」このグレンの台詞には肯定の意を示さなければ。ボクは肩の上に座ったままぴょんぴょんジャンプして喜びを体現してみせた。ご主人様は重いとかどうとか言って、やだなぁもう、照れちゃってさぁ。
「……ねぇハリ」
「なんだ」
「この子、一緒に行くの……?」
「みたいだな」
 ん? 誰だキミは? ――なんだかカワイイ声をしてるじゃないか。ちょっと雲行きの怪しさを感じる。
「キミは?」
「……めぐみ」
「メグミはお前と知り合ったちょっと後に仲間になった」
「え」
「だからメグミとはお前と知り合ったちょっと後に」
「で、でもあの時ご主人様は、経済的な事情でボクを育てられないって……」
「……」「……」「あー、ウソだったんじゃない?」
 ハヤテとかいう間抜け声がボクの心にドラゴンダイブをキめた。
 ウ、ウソ……? ウソだ、ウソだなんてそんなのウソだよ……ウソなんてウソに決まってる……だって……だってボクとご主人様との間には永遠の愛があったはずだ。ボクらは誓い合ったはず。なのに、なんでこっちのメス――かわいい声の――メスを――!?
 ああ待ってちょっと意味が分かんない、なんで? なんで? ボクらは愛し合って、え、そうだよねそうに決まってるそうだった! ああそうだ! 愛に試練はつきものなんだきっとこれにも訳があったに違いないさフフ、そうだボクが信じなければ、ご主人様の愛を信じなければ誰が信じると言うのさフフフ。ああいい感じに力がみなぎってきたぞ! 思えば思う程ボクの力は加速する、ラブいパワーがこれほどまでに強いということを実感する瞬間だ。ボクはキミが好きで、そしてキミはボクが好き。これほどまでに力強い事象があるだろうか、過去に未来にそして現代に! ふらっとご主人様が立ち上がる、頭の重いボクがちょっと一緒にふらっとすると、そっとボクへと手を添えてくれる、ああ! これが! 愛! 以外の! 何であろう! 違うと言うなら教えて欲しい!
 さあ飛ぶぞ。エネルギーはマンタンだ。飛べるぞ、キミが望むなら。お望みとあらば、待ったはなしだ!
 キミが好きだから、チカラがみなぎって、ボクはどこまでも飛んでゆく!







 
 
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