5裏・愛するロマンチシズム 1(裏) もうすぐ世界が終わるんだ。あたちはそう思っていた。じきにものすごいあっつい風がごおおっと吹いてきて、草も、岩も、この家も、どろどろに溶けて、じきにこのアホかわいい『家来』もどろどろに溶けて、そんで終わりに、あたちが溶ける。きっとそうよ。だって変じゃない。こんなにどんどん暑くなるなんて、誰も教えてくれないし。……だから最後くらい涼しくいさせて、ちょっと離してよ、と思っても、身動きする元気は正直もうない。あたちは限界だった。 「リナ、食べないの?」 第二のアホ(こっちはアホかわいいじゃない)がアホ面で聞いてきた。ちなみに第二のアホっていうのは、青いドラゴンで……、何だっけ。あんまり印象に残ってない。 「だって、『みちょら』がだっこちてくるんだもん」 「食べたいの?」 「決まってるでちょ、それって『イヤミ』?」 「イヤミって何?」 「あーもう、いいわ。あんたもういい」 第二のアホはしゅんとして、またご飯を食べ始めた。あー、イヤミったらし。 しゅんとしてるのは、第二のアホだけじゃない。あたちの家来であるみちょらも、緑の帽子被ってる人も、鳥みたいな人も、ご飯作ってくれる良い人も、あとなんかあの、かなりいけ好かないやつも。強いて言えばしゅんとしてないのが一匹いて、それはめちゃくちゃおっきいおばあちゃん――あたちはグランドグランマって呼んでるけど、そのグランドグランマがそうだ。グランドグランマはしゅんとしてるっていうよりは、ぐったりしてる、っていうのが適切。やっぱこんだけ暑いとぐったりもする。 ホントはみちょらは元気満々なのに、グランドグランマがぐったりしてたり、いけ好かないくんがげっそりしてたりするから、気を遣って遊びにいけない。あたちはみんなのお嬢ちゃまであるからして、家来をつれていないとお外にも遊びにいけないの。あーあ、可哀想なあたち! お外にいって、あのちょんまげくんとか角でつついて運動したいのになぁ。 そんな運動不足でご機嫌ナナメなあたちの前で、第二のアホがものすごいアホ面でご飯を平らげた。 「ごっちそうさまぁ」 「はい」「はい」ああ見えて、アホ面の愉快な仲間たちはけっこう律儀な性格なのだ。 「ハリ、おれ散歩したい」グランドグランマを気遣ってか、アホ面は小さい声で言う。 「……」 「いこっいこっ」 「……」 「ねぇねぇ」 「まだ食べてる」 「はやくはやくぅ」 「……」 もーおれ先にいってるからねぇ、ヴェル元気出してねぇ、とアホ面で言いながらアホ面はのしのし遠ざかっていった。緑の人たちは何も返事してないのに。 すると今度は、鳥みたいな人が、そろっと緑の人を覗き込んで、こう言う。 「ハリ……」 「なんだ」 「おなかいっぱい」 緑の人の黄色い目玉が、ギョロッ! と動いた。あれに見られるとけっこう怖い。前から思ってたけど、緑の人はけっこう良い人そうなのに、見た目と喋り方で随分損をしている。 ギョロッ! と横に動いた目玉が、ギョロッ! と今度は下に動いた。鳥みたいな人の顔見て、その足元のご飯入れを見たのね。ご飯入れにはまだ、茶色くてカリカリするいつものご飯が、はじっこをちょっと欠かしたくらいでもりっと盛ってあるままだ。よだれがじゅるりと出てくる。あれは別においちくはないけどまずくもないの、お腹のすいたあたちにはもーたまらない光景。食べたいなぁ。お腹いっぱいなら、あたちにくれないかなぁ。あたちがちょっとぐったりしてて、リナなんか元気ないんですぅ、とみちょらが言った時、あのいけ好かないくんは「食欲があるから平気」なんて適当な事言ってたけど、ああ、思い出しただけでいけ好かない! いけ好かないわ! 今度アホ面と愉快な仲間たちがいないところで噛みついてやる! で、えーっと。なんの話だっけ。あたちがいけ好かないくんに気を取られてた間に、緑の人はギョロッ! ともう一度鳥みたいな人の顔へと視線を戻した。 「もっと食べたほうがいい」 「でも……」 「……」 「……ハリがおいしく食べてくれたほうが、ごはんも、きっとうれしい」 あらやだ、詩人ね。あたちも育ちがよくてあそばすから、ああいう人はいけ好くわ。そんな素敵な事言われると緑の人も観念したのか、手を伸ばして、鳥みたいな人のご飯入れを手元に引き寄せていく。ちなみにここまで毎朝の光景。 ――大好物をあげたら、喜んで食べるのではないでしょうか! 急にみちょらはそう叫んだ。まだグランドグランマの話をしてるのかちら? そっちの心配もいいけどいい加減あたちにご飯食べさしてよ、という思いを込めて見上げると、急にみちょらの顔がびくっと強張った。何? 顔を戻して分かった。いけ好かないくんのポジションが急に移動している。びっくりさせないでよ。やっぱいけ好かないわ。 「ヴェル。『カイス』だったら、食いたいか?」 カイス? なにそれ。――あたちがかわいく首を傾げるのと、みちょらが首を傾げるのとは、ほぼ同時だった。さすが家来ね、あたちの動きをよく見てる。 その時だ。それまでずっと聞かぬふりでも決め込んでいたようだったグランドグランマが、鼻先をぴくぴくと揺らして、ぬるりと瞼を持ち上げた。それってそんなにおいしいの?――おぉっ、という顔を、遠巻きに見てたアホ面が浮かべる。それはいいけど、あんたまだそんなとこにいたの、散歩してくるって言ったの忘れた? 「ああ。カイスか。……と言うことは」 「『ハシリイ』だね」 鳥みたいな人が小さい声で言って、緑の人が頷く。 「ハシリイってなによ、そこの人たち」 「町の名前だ、少し遠い」緑の人がギョロッ! とこっちを向く。だから怖いって。 「また長く飛ぶことになるなぁ」 ふふ、と思い出し笑いでもするみたいに鳥みたいな人は笑って、ぬうっと翼を広げて伸びをした。その横で緑の人は面倒くさそうな、でもなんとなく楽しそうな顔で、小さく鼻を鳴らす。何々? どんなところなのよ? 「トウヤもう嬉しそう」 「……」 「……ハリ、もう不機嫌?」 「うるさい」 話が分からなくてつまんない、みんなのお嬢ちゃまであるこのあたちを差し置いて話すすめるなんてどういうつもり? 見上げてみれば、みちょらはなんか不安そうな顔しはじめてるし。 「どうちたのよ、みちょら」 その時聞こえた、道が例年通りならここから十日くらい、という声が、みちょらをますます不安げな顔にせしめた。けっこう遠いのね。みちょらも同じことを思ったのか、あたちとまったく同じことを、ぽつりと口にする。 「……けっこう遠いんですね」 なによ、みちょら。元気だちてよ。……見上げてるとこっちを見下ろしてきて、そうかと思うと、きゅうっと抱きしめてきた。もー、何々? 暑いってば。一体どうちたの? その原因が、少ししてから分かった。アホ面と愉快な仲間たちを『ボール』の中に入れて出口の方に歩いていきかけたいけ好かないくんが、立ち止まってみちょらを見た時、それからさっと目を逸らした時、みちょらがもっともっと悲しそうな顔をちたからだ。――あんた、あんたなのね、みちょらを悲しませたわね! あたちのみちょらよ! 悲しませたら許さない! 許さない許さない――! 威嚇してたら、だめだよってみちょらがあたちのお尻を持ちあがるけれど、そんなのもう関係ない。みちょらの敵はぜんぶやっつけてやる! ぶんぶん尻尾を振ってる間にも、みちょらは顔をあげていけ好かないくんの顔をみて、どんどん悲しげになって、なのにむりやりにニコッと笑う。もう、誰? みちょらにそんな顔させてるの、誰!? ――おい、そこの、いけ好かないくん! あんたじゃないの! なのにコソコソ出ていこうとするなぁー! ……あたちの叫びが通じたのか、一回扉を開けて出ていきかけたいけ好かないくんは、しばらくそのまま固まって、また扉を閉めて、中に戻ってきた。なにやってんの? 「……お師匠様?」 奇々怪々ないけ好かないくんの行動に、みちょらの悲しい顔も、ちょっとマシになってるじゃない。 「……さっさと腹を決めろ」 「トウヤ、がんばれ」 「マスターいけー!」 ボールの中から、三者三様の謎の応援。そのボールの上を、いけ好かないくんの右手がなぞる。意を決するためのおまじないみたいね、でも何をがんばるの? 「……ミソラ」 「は、はい?」 「え、っと……もし、お前がその方がよかったらだけど……」 まどろっこしくまどろっこしく言いながら、いけ好かないくんはおどおど顔を下げる。あー、そういうの、いけ好かないのよ。分かる? 「行くか? 一緒に……」 え? みちょらはぽかんとした。あたちもちょっと。なにいってんの、この人? 一緒に? ――旅行に? それは、まぁ、……いいかも。じっとしてるよりは楽しそう。 なによりも。みちょらがぱああっと、まるでお花が咲くみたいに一面笑顔になったから、あたちはそれなら、それでいいや。 「――行きますっ!」 |