11(裏)

 ハロー、コンニチハ、コンバンハ……。これはボクのお話です、ボクとクールでチャーミングなご主人様の、とーってもラブいお話、だった、はずなのに……。ううっ、ぐすんぐすん。
 がむしゃらにテレポートを繰り返してちょっとはキモチも落ち着いたけれど、もうダーリンの所に帰る気になんてならなくて、ボクは念力で浮いたままアテもなく知らない町を泳ぐ。うう。なんだいなんだい。あれじゃあまるで嫌がらせだ。本当に嫌がらせだったのかも。自慢するだけ自慢しちゃってさ、ハリのやつ。ちょっとはイイヤツだなんて思ってたボクがばかみたいだ。小姑気取り? ボクとダーリンの永遠の絆に、嫉妬なんかしちゃってさ。まったく嫌になっちゃうよね! ボクらの愛は、誰のジャマでも絶対に断ち切れない、もの、なのに……。
 ふと止まる。涙は枯れたから出る気配もない。でも沈む沈む、沈んでいくココロ。夕暮れもまだ明るい街並みが、ずんずん、ブラックアウトしていくみたいだ。……足音が聞こえる。はぁっとオオゲサにため息。それでも止まらない。嫌なんだってば。近づいてくる。仕方なしにとボクは振り向く。
 ヒトとマリルがたくさん行き交う大きな道路の真ん中に、ボクを見据えて、マリーが一匹立っている。
 もう、執念深いなァ。本当に地獄耳だ。どこにテレポートしたって、延々と追ってきちゃうんだから。音なんか出してないつもりなんだけど……。ま、追ってこられない場所に飛ばないボクも、あまちゃんって訳なんだけどさ。
 ゼェゼェ疲れ気味に息をつきながら、文句をひとつ言わせろ、とマリーはご機嫌斜めの様子。マリーの脇を歩いていくマリルが、キョトンとしてマリーに目をやる。
「貴様、ぼくの可愛らしいあんよをどれだけ酷使させれば気が済むつもりだ……!」
「追いかけてこなければいいじゃん。どこに行こうとボクの勝手」
「そうはいかない、ぼくにもプライドがある、そしてお前に愛の何たるかを説きたい、更に」
 あーあーはいはいお説教、聞かない聞かない。耳をふさぐ格好をしながら念でふいっと背を向ける。テレポートだ、撒いてしまえ。それっ、力を溜めて……
「ぼくにはお前の気持ちもよく分かる」
 ……もう、溜めそこなっちゃった。
 また振り返ると、気付けばマリーはボクの真下まで歩いてきていた。ちょっと後退して、見下す。真剣な顔をしている。そんじょそこらの、リードをつけられてぷらぷら歩いているマリルたちとは、瞳に灯った芯の強さが違……いや、同じかも。同じかもしれないけど、気圧される。
 こっちへこい、と短い手をちょいちょい動かしているけど、やなこった、ボクはフワフワ浮きながら聞いてみる。
「ボク、負けてる?」
 負け、か。
 ああ、口に出すと、もう、もう、猛烈に猛烈に、悔しくて、苦しくて、認められなんかしないのだけれど。
「愛の重さで、ハリに、負けてる?」
 違う。負けてない。そんな訳はない、負けてるはずなんかない。
 けれど。
 そよそよと風が吹いてくる。多分、ダーリン達の位置から風下だ。マリーの耳なら、ダーリン達が今何をして何を話しているのか、キャッチしているのかも。マリーはしばらく口を真一文字に結んで、ぴくぴくと両耳を動かした。
「……ぼくはハリとはもう長い付き合いになるが、あの男に恋をしていたことには、今年になるまで気付かなかった」
 すうっと下りていく。ボクはマリーに、なんと答えて欲しいのだろう。自分でも分からない。けれど……一番望ましい答えなんて誰からも帰って来はしないことは、ボクだって、ちゃんと分かってるんだ。
「主人としてよく慕っているのは知っていた。どこを慕うのかは、今でもさっぱり分からんがな。あの月のような目の放つ視線が、常に主を捉えておきたいとさえ望むくらいに熱情を孕んでいたことも、よく知っていた。なのになぜ気付けなかったか」
「ホントに好きになったのは、今年になってからだったとか」
「違うな。あいつの態度は本当に、皮肉がレベルアップしていく以外は、丸サボテンだった頃から殆んど変わらない。むしろ、ぼくも、こいつちょっともしかしてこの男の事そういう意味で好きなんじゃないかと考えていた年もあった……けれど、その年」
 三年前だ、と苦さを隠さない顔で、マリーは続ける。三年前って言ったら、ダーリンが、あのニンゲンと、付き合っていたとかどうとかいっていた、あの……
「あの男が、ぼくのカナに、その……あの……そそその……その、そそそういう、そういう……こここ事を……あああ、その」
 マリーが震える。
「はっきり言いなよ」
「ええいうるさい、そういう事をだな、言ってだな、ぼくのカナがその、あろうことか……あああああぁあるあるあるまあるまじきあるまじき……!」
「……」
「あああだからその了承! してだな! それで二人がその、そのそのだからそのそういう、そういう二人ってそのいやあの、そのアレソレに、なってだな! その時に!」
 いまいち伝わってこないので想像で補っているとボクも暴走しかけたけれど、ハリの顔を思い出して、押し殺す、興奮のテレポートを押し殺す。マリーは拳を振るう。やっぱりマリルにらしからぬ熱いハートを持っている。
「その時に! ぼくはあいつに問うた! 『貴様このままで本当にいいのか』と!」
 多分マリーは、ハリと共同戦線でも組もうとしたのだろう。人の恋路を邪魔する戦線。でも――多分、マリーは失敗したのだ。ハリにあしらわれて。なぜだろう? 分からない。好きだったのなら、どうして。
「そしたらあいつ、何て答えたと思う」
 ボクは答えられない。すぐにマリーは言った。
「『あの人がそれがいいなら、それでいい』って、言ったんだ」
 ……ちょっとだけ、考える時間が要った。
 それがいいなら。
 それでいい。
 好きだから。そうか。そうなのだ。ボクはちょっぴり目を閉じる。
『ボクはダーリンに愛してもらってるって自覚があるよ。だから多少の事ではもう動じない。ダーリンにとっては、ボクが一番なんだから』
 あーあ。――ついさっきの自分の言葉が、いたたまれなくなってくる。
 だったら、逃げる必要なんてなかった。でもボクの方がもっと好きだ、って、面と向かって言えばよかったのに。
『愛が十分ならば相手もその愛に応えてくれて、応えてくれてるっていうのが愛してもらってるって自信に繋がるはずだ、マリリンは自信がないんでしょ?』
 自信がなかったのは、何度も唱えて確かめなければ保っていられなかったのは、ボクの方だ……。
「意中の人が目の前で奪われ、その瞬間に言える台詞では、ないと思った。だからぼくは『ハリはあの男に恋をしている』という仮定を破棄したんだ。同時に、――ぼくは憧れた。そんな風に愛する力で、カナを幸せにしたいと、強く思った」
 なんだろう、そう思い始めると、不思議と漲ってくる力が、ボクの中に渦巻いている。
 周囲が騒がしくなってきた。ボクが見下ろす、地に立つマリーの両脇を、たくさんのマリルがぽてぽて駆けていく。そのリードを掴んで離さずそれらに引き摺られていくニンゲン達。マリーの全身は震えていた。なんだか目も血走っている。踏ん張るようにしてそこに留まっていた。
「愛の重さとは、なんだ!」
「なんだ、って――」
「そんなもの、どうやって測る! 時間か! 知識か! その比較に意味などあるのか!」
 叫ぶ。叫ぶ。じりじりと自称可愛らしいあんよを動かしながら。何がどうしたっていうんだ。なんだかボクもぐるぐるしてきた、遠くから、何やらメモリにない音の響きが動いている!
「本当に大事なのは、どう愛すのか、そして、どう愛されたいのかじゃないのか!」
 それだけ叫び終わると、マリーは急に上空に『おてて』(短いのであんまり動きは目立たない)を突き上げた。
「ふひひひひひひ!」
 そして笑った。
「ヤツらが来た! ヤツらが撃たれに来た! 執念深い連中め! 我らの射撃能力を見せつけてやる! 覚悟しろッ!」
 だいたいそんな感じの事を言って、突如ボクに背を向けて、ぽてぽてぽてと走り始める。
 と思ったら急ブレーキを駆けた。アアアと喉を絞りながら短い『おてて』で耳を塞いだ。
「ダメだ! 抑えるんだマリオ! お前は他のマリルとは違う! 決定的に違う! だから虫ケラ共へ本能的な敵対心など抱かない! 血で血を洗うような慣わしなど! ぼくは、ぼくは、意味もない牙は剥かない!」
「……? キミにキバは多分」
「ああああああああっ! でも撃ちたい! 水鉄砲で撃ち落としたい! あの汚らしい鳴き声を! ぼくの水鉄砲でえええっ、あああああ! ダメだ! 抑えるんだマリオ!」
 喚いたり、耳を塞いだり、ケタケタ笑ったり、耳を塞いだりを繰り返しているマリー。その間にもたくさんのマリルたちがボクらを横切って、ひとつの方向へと向かっていく。どうやらマリルにだけ影響する電波チックなものが発せられているのか。この響きがそう、これは……もしかして、何かの羽音?
「あっ!」
 耳から手を離したマリーが、不意に正気を取り戻して、
「あの男が何か叫んでる、お前を呼んでる」
 状況が意味不明すぎて、あの男というのが誰なのか理解するのにフル回転。
「……ハッ、ダーリン!?」
「呼んでいるぞ! 切迫している!」
「何を言ってるのか教えてよ!」
「お前が好きだ、愛してる」
「ふえ」
 ボクを呼んで?
「お前がいないと駄目だから、だから、早く、戻ってこい――だそうだ」
 マリーは血走った目で、怪訝としてボクを見た。
 一瞬の静寂。
 愛してる。
 ……、へ?
 愛してる?
 一体何を。
 今更に。
 ボク混乱。
 愛してる。
 言っているのか。
 ボク錯乱。
 めくるめく愛のメモリー。
 キミと過ごした三日間。
 ボクハキミガスキデ。
 キミハボクガスキ?
 目が回るほど。
 迸る感情の所以は。
 怒り?
 呆れ?
 困惑?
 憎悪?
 否!
 ――ラブいパワーの、大、革、命、だっ!!







 
 
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