0th day [ハイドランジアの庭で]






 その子は、真っ白だった。
 真っ暗闇の空で、吸い込まれそうな星々で、大きな大きな月の下で。白い花びらに囲まれて、それでもその子は真っ白だった。くるんと巻くセミロングの髪の毛も、方眼ノートの紙飛行機をなぞる指も爪も、女の子座りで横に流したほそっこい脚も、嘘みたいに白かった。目は灰がかっていて、瞳は触ったら破れるくらいの薄い桃の花色で。長い睫も、雪がかかったみたいな白。
 幻想的で、いつも頭がくらくらした。
 踏みつけないよう気を付けても、一歩進むたびに、ふっと花びらが舞いあがった。でも、そうしないとあの子には近づけないなら、構わなかった。
 手を、差し伸べてくれる。それだけで、十分すぎるくらいだから。
 その普通と違う目から、はらはら涙が零れたとき、どうにかしたいと思った。拭うんじゃなくて、背中をさするのでもなくて、もっと根本的なところで、助けてあげたかった。なんだってできる。それくらい夢中だった。蛍光灯のまわりをブンブン飛び交う羽虫みたいに、盲目的になっていた。
 振り返れば、あの日の二人は、びっくりするほど身勝手だった。
「じゃあ、なくしてきて」
 歪んだ唇から紡がれた、たったひとつの切なる願いに。
「太陽を、なくしてきてよ……」
 立ち上がり、見下ろし、拳を握って、朔(サク)は頷いた。

「――分かった」





   
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