―――だから理不尽でもどかしいのだ。

ママはそういって、人間のことを教えてくれた。



  BIGIN






空が波打っている。



ぐにゃぐにゃとその色を変えるその空は、手の伸ばせば掴めそうで、
幾千の光を注がせる太陽は砕かれ、そこに星のように散らかっている。

足を揃え、両腕を広げ、体と腕を直角にさせて勢いよく振り下ろす。
途端、僕の体は流星のように前進する。僕の体の後ろには、光の粒の軌跡が続いてゆく。

前だけを向く。腕はぺったりと体に添わせたまま動く事はなく、両足は揃えたまま揺れる事はない。


流れ星の僕は光の筋を残して、どこまでも進んでいく。

ただ上へ。不安定な空へ、より明るい場所へ―



ざぽん、と優しい音を立てて僕は顔を上げた。

水面に波紋が浮かび、それはすぐに波によってかき消される。


風が少し冷たい。でもそれは、いつもの冷たさとは全然違う。僕に言わせれば温い。
水中も、そういえば温かかった。

辺りを見回してみても、いつもの流氷も、仲間の姿も見当たらない。

少し不安になる。ぽちゃぽちゃと水面を移動する。



5分も経たないうちに、岸に辿り着いた。

砂浜はなく、簡単な堤防とその先には緑が続いている。

これが、木とか草とか言うやつだろうか。
北海と流氷の上で僕は育ってきたから、そういうものはよく分からない。

とにかく、僕は随分南へ流されているらしい。


それより、少し体がだるい。
気温が高いせいだろうか、熱っぽいような気もする。


仕方なく、僕は陸へあがる事にした。
はじめて触れる土、草の上へ、僕はゆっくりと乗り上げた。



土の上は、凄く不思議な感じだった。

地面はちょっとだけふわふわしていて、足の裏からぬくもりが伝わってくる。


僕は何度か足踏みをして、それからよたよたと歩き出した。

ママに、陸は危険なモノがいっぱいいる、と聞いた。
ならべく安全な場所で休みたい…そう考えたのだ。

だが、すぐに僕は立ち止まった。

…視界がぐにゃぐにゃと歪む。









気がつくと、僕はどこにいるのかわからなかった。


不思議な場所だった。

まっしろで、広いような狭いような、よく分からない空間だ。



ただそこはふわふわして、なんだか気持ちがいい。



少し眠くなって、もう一度目を瞑った瞬間、僕は光に包まれた。



「おぅ、起きたか」
僕には、それが誰の声だか分からなかった。分かるはずもなかった。

そこは、自然に作り出された場所ではない。
ベージュのタイル張りの小さな部屋で、1人の老人がソファに腰掛けていた。

「大丈夫、なんにもしねぇよぉ」

老人はそう呟いて、僕を見下ろしてニヤリと笑った。
それが嫌な笑い方じゃなくて、僕は少しほっとする。

「おめぇどこからきたんだ?」





        −−NEXT
<ノベルTOPへ>