ぽちょん。



ぼくはうっとりとして目を閉じた。


お空の色の水たまりの中に浮かんでいる白い雲、それが『ぽちょん』の波紋でゆらゆら揺れた。

瞼の裏に移されるそんな光景にぼくはまたうっとりとして、それから耳を澄ましてみる。


目を閉じていると、いろんな音が聞こえた。


公園の熱い土の上を、楽しそうに踊る風たちの笑い声。

おひさまの光をいっぱいに浴びて、ゆっくりと呼吸を繰り返す葉っぱたちの息の音。


それから、誰かがうんと背伸びをした。

ぼくはそれが誰なのか気になって、目を開けてみた。




  My WORLD





そこにいたのは、かたつむりだった。


「あ」


ぼくはおどろいて声をあげた。かたつむりは、まさに“おひっこし”の最中だった。


「おひっこしだ」




うんしょ、うんしょ、とおうちを運ぶかたつむりに、ぼくはちょっといたずらしたくなった。

そこで、ぴよんと飛び出たかたつむりのつのを、指先でちょんと触ってみた。




『うわぁ』




かたつむりはおどろいて、つのをきゅっとちぢこめた。

ぼくのほうをみて、ゆったりとした口調で話しかけてきた。


『やぁ、ゼニガメくん。悪いけどボクは忙しいんだ。邪魔しないでくれるかな。ごめんね』


ぼくはおこられてしょんぼりした。

じゃあね、といって、またうんしょ、うんしょ、とおうちを運ぶかたつむりに、ぼくは声をかけてみた。



「おひっこしなの?」

『おひっこしさ』

「どこへむかうの?」

『分からないよ』

「なぜ分からないの?」

『分からないさ』



じゃあね、といって、かたつむりは葉っぱの奥へといってしまった。




ぼくはぽかんとそこにすわっていた。


「おひっこしかあ」


そういえば、風も、雲も、水玉も、いつもせわしくどこかへ向かっている。

みんなおひっこしだ。


「おひっこしかあ」


「なにしてるの、帰るよ」

大好きな人に声をかけられて、ぼくはぱっと振り向いた。

そういえば、もうおやつの時間だ。


「はぁい」


ぼくは返事をして、ちらっと葉っぱの向こうを見た。

かたつむりはもう、どこにもいなかった。


ぼくはおひっこしをしないけど、おひっこしは好きだ。





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