*本編 7−2と7−3の間。




inside:7−2.5


「メグミは、こういう騒がしい状況に、慣れてきたみたいだな」
 ハリが言う。ぎょろりとこっちを向く月の目。ハシリイでイライラして、キブツで最高潮に大荒れになっていたハリの心は、ココウに戻ってきてから、トウヤが落ち着いたのとおんなじように最近は随分穏やか。
 いつものおうち、隅の方から、見渡す視界に、ヒト、ヒト、ヒト。机を囲んで、真ん中には金髪の子が食べつくした空のお皿。空になったビールジョッキがどんどんどん。そしていつもの皆と、まだ話したことないちっちゃいポッポたち。もういなくなったけれど、女のヒトがもう二人とポケモンが一匹いたときには、もっと騒がしかった。
「確かに、慣れてきたかなぁ」
 ちょっと首を傾げて。
「あの子が来てからは、なんだか、めぐみのことをトウヤがボールから出すことが、多くなった気がする」
「ミソラか?」
「うん、そう」
 いや、ボールから出されること自体は、金髪の子が来る前にもたくさんあった。けれど、ヒトの前でこうやって他の子と一緒に遊ばせるようなことは、ほとんどしなかった。
「だから、慣れた」
「いい変化だ」
「でも、ハリが一緒にいないと、だめ」
 そうか、と適当に聞き流して、ハリは人間たちの方を見る。
 トウヤは机に伏せている。顔を横にして、目は瞑って、口は開いてる。お昼でも、お酒を飲めば夢の中。耳までまっか。……それを、近くから見つめてニコニコしている、金髪の子。
「何にやにやしてんだよ」
 ちっちゃい黒髪の子が言う。そう、ニコニコというより、にやにや。金髪の子はうれしそうに顔を上げた。
「お師匠様の寝顔、久しぶりに見たなぁと思って」
「……ミソラ、お前最近、ちょっと気持ち悪いぞ」
「だって本当に久しぶりなんだもん、このところ凄く早起きだから、お師匠様。前はいっつもお昼まで寝てたのに」
「気持ちわりぃな……」
「早起きして何してるんだ?」
 六杯目のジョッキを空にしたトウヤのともだち(お酒を注ぐ人がいなくなったから、もう次が飲めない)が聞く。おれたちと遊んでるんだよ、とハヤテがぶんぶん尻尾を振った。
「マスターと遊べる時間が増えて、おれはうれしい!」
「そうですね何って言うか……だいたい裏庭でぼーっとされてます、ハリたちと一緒に」
「気持ちわりぃ……」
「ハシリイから戻ってきてからずっと。ハシリイでも早起きだったんですよ、その時は朝ごはん作ってましたけど。あっ、そういえば行く前も早起きだったなぁ。ヴェルが体調を崩してて、心配だったんでしょうけど」
「うげっ、気持ちわりぃ」
 黒髪の子が気持ちわりぃを連呼する横で、話を振った当人はふーんと言いながら顎をさするだけ。
 ハリのそばまで行って、ぴたっと体を寄せてみた。ハリは逃げない。めぐみを見もしない。そのハリに、ちいさい声で、聞いてみる。
「ハリは、心配でしょ? トウヤの早起き」
 ……ちょっと間を開けてから、よく見てないと分からないくらい、浅くハリは頷いた。今はあんなに、すやすや眠っているけれど。
「でもさ、アズサ……ねーちゃんさ、なんでこの中で彼氏をコイツに選ぶんだよ。まぁミソラは女にしか見えねぇけどさ」
「もーやめてよそう言う風に言うの」
「ぜってー俺の方が良い男なのに」
 かわいいのに見る目ねぇのなー、とむすっと唇を尖らせる黒髪の子に、トウヤのともだちが「がはは」と笑った。
「お前の方が、よっぽど嘘くさいからな」
「な、何……!?」
「考えてみろ、釣り合う容姿か?」
「コイツの方が釣り合わねぇだろ!」
 ばあんと机を叩きながら、黒髪の子が立ち上がった。今日何回目だろうか。うるさいのはきらい。
「どう見ても俺よりコイツの方が!」
「顔の話だろ? 確かにこいつよりは坊主の方が若干イケメンかもしれないが、全体像で考えてみろ」
 黒髪の子が固まって、金髪の子が間髪入れず、私が女だったら迷わずお師匠様を選びます、とはきはきと言った。皆、それはとりあえず無視。
「……分からん、やっぱり俺の方が」
「あのアズサ? だったか、ネコ耳娘と並べたら、お前、ガキにしか見えんぞ」
「は」
「ガキと付き合ってるなんて言っても、あのユキって子も信用せんだろ」
 正論。トウヤのともだちの両肩にとまっているポッポたちが、そのとおり、おっしゃるとおりと言いながら、笑ってぷるぷる震えている。な、な、な……と別の意味で震えている黒髪の子に、トウヤのともだちは更に追撃。
「お前いくつだ?」
「……じゅ、十二歳……」
「じゃあこれからが伸び盛りだな、良かったじゃないか。あの子十七、八ってところだろ、もうそんなに伸びないだろうし、お前の背がもっと伸びれば見栄えもする」
「五歳差……」
「まぁ、あと二年は早いな」
 黒髪の子が、拳を握って、怒りを押し殺して黙っている。ふふ、と思わず笑っちゃう。ふん、と隣でハリが息をついて、めぐみに言った。
「あの女は確か十七で、タケヒロとは五歳差だが、トウヤとも五歳差だ」
「ハリ、心配でしょ?」
「何が」
 真顔で聞くハリ。がらんがらん、とお店の鈴が鳴って、トウヤのおばさんが帰ってきた。その騒々しさの中でも眠りこけているトウヤを見て、やだねぇこんな時間から飲んで、とトウヤのおばさんは顔をしかめる。もっと飲んでいるトウヤのともだちが笑った。
「おい起きろ、雷が落ちるぞ」
「……ああ」
 無表情に、ハリが感嘆。
「そういうことか。心配はいらない」
 さっきの話の続きらしい。ハシリイの人にはイライラするのに、あの女の子とトウヤが仲良くしても、ハリは良いって言うんだろうか。どうして、と問えば、
「仮にトウヤが命を賭そうとすることがあれば、その時は私が命を賭してトウヤを守る」
 早口に、棒読みに、まっすぐこっちを見ながら、そう言う。
 ……ちょっと意味が分からなくて、考える時間が要った。そういえば、トウヤがあの女の子に恥ずかしいことを言っていたのを思い出して、ふふふ。ハリに心配してほしいのは、そこじゃないんだけど。
「……ハリは自信家だなぁ」
「何が」
 どおりでマリーと気が合う訳だ。ふふふ。何が、なんて、教えてあーげない。






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