*本編 1・眠る岩山−14の続きです。




inside:1−14.5



 ココウの大通りをひたすらまっすぐ進んでいくと、軒を連ねていた店舗家屋がまばらになり、やがて石畳の舗装も消え、果ては点々と立つ粗末な木造民家と、それを取り囲む農地のみの殺風景な土地となる。町の南端、農村地帯の踏み固められた地面の上を早足に進んでいたトウヤは、けらけらと笑う声を聞いて足を止めた。
 左手に見える簡素な畑の中、並んだ緑の間をはしゃぎ逃げていく二人の女の子を、頭にバンダナを巻いた青年がクワ片手に追い回している。
 少女の一人がこちらに気づき、何か言いながら指さしてくる。青年がそれに振り向く間に、二人はいたずらっぽい笑顔を浮かべながら一目散に逃げ出していく。クワの彼はそれに気付いてやいやいとがなり立てはしたが、結局二人を追いかけることはなく、こちらに向きなおして農具を高く振り回した。
「おーい、今度はどこ行くんだー」
 よく通る邪気のない声に、トウヤは思わず表情を崩した。

「これがカゴの実な。んで、こっちが乾燥ヒメリ。売り切れなかったから好きに持ってってくれ」
 そう言いながら、青年は薄暗い倉庫の奥から次々と木の実の類を取り出していく。トウヤはそれらのいくつかを手に取った。
「いいのかミナト。ただで貰って」
「貸しだっていつも言ってるだろ! この間の分も、まだ奢ってもらってないんだからな」
 ミナトと呼ばれた彼が意地悪げに見上げると、トウヤは困ったように肩をすくめた。
「悪かったよ」
「そう、大丈夫だったの。スモッグ食らってから」
「おかげさまで」
「ならいいんだけどさ」
 これも売り物にならないんだよな、とミナトが取り出したのは、いびつな形のモモンの実であった。
「『灰』の耐性品種が入ってきてまた農業できるようになったのはいいんだけど、今までのに比べて色も実のつきも悪いんだよな、コイツ。ヒメリみたいにうまく干せればいいんだけど、いろいろ難しくてさぁ」
「持ち運ぶ側としては、毒抜きの成分だけ抽出してもらえればありがたい」
「そんな夢みたいな話!」
 もってけ、と不細工な生モモンをトウヤに押しつけると、ミナトはその場にどしんと座り込んだ。頭の後ろで腕を組み、息をつきながら見上げる空を、渇いた風が駆けていく。
「あーあ、なかなかうまくいかねぇや」
 また、どこからか笑い声が聞こえてくる。ミナトの二人の妹のものだ。
 早くに両親を亡くし、十といくつの少年の頃から、彼は一人で双子の面倒を見続けている。苦労の絶えない四つ下の男の溜め息に、トウヤはやりきれない様子で顔を背けた。
 畑の上を、一匹のサンドがとことことやってくる。トウヤは腰を下ろし、荷物の中から固形飼料を取り出すと、五つ六つつまんでその鼻先に放った。
「おっ、悪いね」
「いや。……五日もすれば戻ってくるから、また飲みに来なさい」
「奢ってくれるの?」
「あぁ」
「やりぃ!」
 心の底から嬉しそうな表情でひょいと立ち上がったミナトが、突然あっ、と呟く。何事かと振り向いたトウヤは、そこで眉間に皺を寄せた。ぽりぽりと前歯で餌を削っていたサンドが、ぴくりと耳を動かして振り返った。
 農村から外の草原へ繋がる道の上を、長い金髪の子供が脇目もふらずに走り抜けていく。顔を上げるミナトの横で、今度はトウヤが溜め息をつく番だった。
「ついてくるなと言ったんだ」
「いいじゃんちょっとくらい。ミソラって言うんだっけ? 一人で行くより面白いかもよ」
「薬を飲まずに爆心に近付くんだ。何かあっても面倒を見切れない」
「トウヤがだめでも、ポケモンたちがいるなら大丈夫だろ?」
「……やっぱりだめだ」
 一瞬考えたトウヤだったが、断ち切るように軽く首を振ると、トレーナーベルトに三つ並んだボールの三番目へと手を伸ばした。
「まぁさ、俺が言えた立場でもないけどさ。あの子のこと考えると、やっぱ一緒にいてあげたらいいんじゃないって」
「……そんなことない。あれのためだよ」
「そうは言うけどさ。一番近しい人間に、まだよく知りもしない町に、ぽんと置いていかれるんだぜ。トウヤならよく分かるだろ、そういう気持ち」
 ミナトの言葉に、トウヤは遠ざかっていく子供の背中へと目を移す。
「記憶がないってさ、どういう感じなんだろうな?」
 エサを食べ終え、その場で毛繕いを始めたサンドを、ミナトは重たそうに持ち上げた。
 子供の鞄にひっついた鈴がリンリンと音を立てるのが、まだ微かに聞こえる。トウヤは手の中のボールに、乗せてくれ、と呟くと、開閉スイッチを押してそれを放り投げた。
 軽い音、白い光と共に、オニドリルが姿を現す。トウヤはそのくちばしの前に、先程のモモンの実を差し出した。
「見失えば諦めて戻ってくるだろう。悪いがミナト、あれが戻ってきたら、僕の家まで連れて帰ってくれないか」
「はいはい」
「じゃあな」
 姿勢を下げて主を背中に乗せると、オニドリルは高く舞い上がった。
 ミナトの腕の中で、フーフーと威嚇音を発しながらサンドが暴れ出す。慌てて地面に放すと、サンドはぴょこぴょこと飛び跳ねながら、地に落ちた鳥影を追っていった。青い空の中に小さくなっていく一人と一羽にぷらぷらと手を振って、ミナトは足元に置きっぱなしだったクワを拾い上げ、もう一度空を見上げた。
 サンドが畑を抜け、しつこく走り続けていく。
 ついさっきまで空にあった姿は、もうどこにも見えなくなっていた。





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