満月の夜に





 窓から見上げる夜空には、橙色の月がぽかんと浮かんでいた。
 姉と弟は、並んでベッドに腰掛けて、声を潜めて、毎晩途方もない話をした。母のこと、父のこと。学校で愉快だったこと、辛かったこと。二匹のペットのこと。身近にいて、よく遊んでくれた大人たちのこと。悪さをしたこと。水溜りに足を突っ込んだこと。道端に見つけた名前も知らない花のこと。それから、将来のこと。
 月明かりの静けさも、くたびれたシーツの匂いも、一階から時折聞こえる大人たちの笑い声も、可笑しい位よく覚えている。中でも、ふとした瞬間、瞼の裏に色鮮やかに蘇るのは、月のことを話した夜のことだ。


「どうして月が光っているか、知っているの」
 姉は得意な顔で弟を見た。弟は知らないと答えた。姉が太陽の光を反射して光っているように見えることを説明すると、弟はそうなんだと呟いて、ごろりと横になった。視界の先には、ぽってりと丸い月があった。それを指さして、弟は言った。
「あんなに光るくらい強い光に当たって、痛くないのかな。日焼けするのかな」
「しないよ。私たちが住んでるこの地面が日焼けすると思うの?」
「この星も、月と同じ光を浴びているの」
「太陽は一つしかないもの」
「変だよ。僕たちは、太陽が光ってるのと月が光ってるのは、一緒には見れないのに」
 姉はクスリと笑って、弟の横に寝転がって、二人で同じ月を眺めた。
 月は二人をひとしく照らした。
 静かだった。確かその晩は、父も母も何かの会合に出かけていて、家は闇が染み込んだみたいな静けさを帯びていた。
 弟は姉を見た。姉のその、透き通った桃色をのせた頬と、すらっと高い鼻と、長いまつげと、薄い唇を見た。優しくて美人で賢い姉のことを、弟は心から誇り高く思っていたのだ。
「……じゃあ、月蝕のことは?」
 月蝕? 聞き返した弟と寝転んだまま向き合って、姉はあやすような口調で話し聞かせた。
「太陽と月が、私たちの星を挟んで、一直線に並ぶの。星の影に入って、満月が端からだんだん欠けていくのよ。欠けた部分は、暗い赤色に見えるの。珍しい現象なんだけど」
「きれい?」
「さあ……私は見たことがないから」
 でも、と姉は付け加えて、窓の向こうを見上げた。
 そこには月があった。満月はどこも欠かすことなく、煌々と輝いて、夜空を暖めていた。
「でも、きれいに決まってる。だって、太陽の光から、この星が月を守っているみたいじゃない? それって素敵でしょう?」
 弟は頷いた。
 その時はまだ、姉の言葉の通り、本当の本当に素敵なことのように感じていたのだ。






   
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